仁王門をくぐった左手に、小さな五重塔のような石塔があります。これは圓融寺の前身である日蓮宗法華寺の開基日源上人(~1315)の供養塔です。五重石塔といえば笠石(屋根の形をした石)が重なったような造りのタイプが一般的ですが、この石塔は大変珍しく、軸石と笠石が別々の石で構成され、しかも軸石の一つ一つに高さがあるため、高さ約4.4メートルという雄大な塔身をほこっています。各軸石には上から「妙」「法」「蓮」「華」「経」と刻まれています。
また最下層の軸石には、造立の縁起が記されており、それによると、供養塔の建立時期は、寛永13年(1636年)8月で、遺骨が塵土に託しているのを惜しんで建てられた経緯が刻まれています。この時期は日蓮宗法華寺代十世日瑞上人の頃にあたります。
さらに法華寺が天台宗に改宗されると、この供養塔は再び荒廃がすすみ、文化11年(1814年)7月16日に当寺に参った十方庵釈敬順の記録によると、茫々たる草中に苔むして、上部の三重は崩れて側に転がっていたそうです(『遊歴雑記』より)。
しかし、供養塔の銘文には、同年8月に天台宗法華寺の第14世住職海順法印と村民たちによって再興されたとあるので、釈敬順が訪れた半月ほど後に今日見えるような五重塔に修復されたことが分かります。
昭和55年(1980年)には、目黒区指定文化財になりました。
圓融寺